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「まじめ」について考えてみる

皆さん、お久し振りです。 不器用なりに日々を過ごしてます。

今日は「まじめ」について考えてみます。

私はよく「まじめ」と言う言葉をかけられます。
まぁ、この言葉には色々なニュアンスがありますが、多くの方は馬鹿にされたり、からかわれてる様な意味と受け取るのではないでしょうか?
むろん私もです、嫌気が指されることも多々ありますから。

でもね、私はこの「まじめ」って言葉を大切にしたいと思ってます。
何故ならこの言葉は私の人生そのものですから。私の人生のフィロソフィーと並ぶくらい大切だからです。
例えるなら喉が渇いたから水を飲む。と言う理屈(?)なのでしょうか。

「まじめ」な私からそれをとれば“中途半端”と言う概念しかありません。
それならば自分の長所を大切にしたいんです。中途半端な人生を過ごせば中途半端な人生を歩み、中途半端な人間にしかなりません。結局、自分の人生を振り返ろうとしても中途半端にしか思い出せないのではないでしょうか?

それだったら真剣悩んで、考えて、動いて自分の与えられた課題に挑戦したい。
私が「まじめ」を肯定する所以は諦めないことと最後までやり抜くことというバックグランドがあるからです。

例えレースでビリでも何位でも完走したという事実を残すべく私は挑戦と言う名のレースを「まじめ」と言う名のゼッケンと共に完走して終わりたい。
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あれはあれ、これはこれ。

お久し振りです、最近はハリケーンのように慌ただしい日々が続いてますが元気にやってます。

 つい最近ですがこの前、退任される先生との正式にお別れが大学でありました。(詳しくはこちら
私の大学人生の道(つまりフィロソフィー)を築いて頂いた方です。先生としても人間としても、とても強い魅力を持ちました。

 褒められる機会もあり、ヘタクソ扱いされて物凄く悔しくて、逃げたくて仕方ない時期もあったけど「ギャフンと言わしてやるッ!」という気持ちで勝負をして良いレポートや努力する大切さを身にしみて再確認した。
気付かない間に自分磨きをして知力と行動力が付き大学生活と日常生活を少なくともより良くなった。

 明日から大学が始まる。「今日より明日」
今日という2013年4/7が過去になる。尊敬する先生はもういない。苦しいし寂しいし辛いけど、まだ先になる何かを見たい。明日をしっかりと生きて見えてくる明日を見たい。

 先生ありがとう、お陰様で苦しい事を経験出来ました。 そしてこの苦しみも楽しみに変えることが出来ました。

 私の物語は終わらない、別れも辛いことも“楽しい„に変える度量を持てるように成長をし続けたいです^^b

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